世の中の全ての母親の愛を描いた、人の臭いのぷんぷんとするノワール「熱血男児」は、ソルギョング・ナムニの映画だ。
ソルギョングとナムニが先輩の復讐の為に筏橋に下がったチンピラ、ジェムン(ソルギョング)とジェムンが殺そうとする復讐の対象であるまた他の組織暴力団の母親ジョムシム(ナムニ)で出演、誰でも共感するに値する熱演を繰り広げて見せている。しかし、映画を見た観客たちなら、どもる全羅道訛りで「お兄さんもヤクザ以前に人ではないのですか?」という台詞を吐き出す青年チグク役のチョハンソンに、目を注いで見ざるを得ないだろう。
多くの人々がチョハンソンをシットコムに出た‘花美男’、CFとドラマに出演した一夜漬けスターの一人として憶えているだろう。勿論、サッカー選手を辞め、モデルとして跳び込んだ彼が突然、スターになったのは事実だ。しかし個人的な家の事情で2年間の浮沈を経験した後、彼は確かに変わった。この成長痛の渦中に選択したキャラクターが、まさしく人の臭いのぷんぷんと漂う「熱血男児」の ‘チグク’だ。
この為にチョハンソンは「7ヶ月間、訛りを演習」と監督・スタッフと共に「撮影ハンティングに付いて回って」去年の冬から今年の春まで‘チグク’として全南のあちこちを歩き回った。現場が好き、そして人々が好きからだ。
「演技より人間関係を学ぶことが出来た」今回の作業以後、彼はこれ以上素敵な役にこだわらない代わりに「痛みがある役」に欲心が生じた。そのように映画撮影中に初めて味わった幸せが「熱血男児」が与えた一番目の贈り物なら、二番目の贈り物は多分、人間チョハンソンの成熟であるだろう。
次は先月 27日、ソウル江南鴨鴎亭洞のチョハンソン所属社で進行されたインタビュー全文だ。
- 去年、全南筏橋の「連理枝」撮影場で見た時より、顔がずっと良いですね。
「あの時、私はとても暗かったです。2年間休んで撮影したのに、そんなに大変な作品をするとは思ってもみませんでした。一度撮影すれば夜明け6時に出て、その翌日朝8時まで夜を明かした後に、シャワーを浴びてまた出て行って撮影して、身体が死んでしまっていました。 ドラマでもないのに、そんなに大変な撮影をしたこともそうで、出る場面も多く、感情場面も多くて私には大きい経験になりましたが。」
- 休んだ2年の間は、何をしながら送りましたか?
「体重が5kg 程度増えました。お酒を飲んで遊んだり、格好よく見えるのが嫌で、わざわざ太りました。そうしてみるとお金も無くなり、母に対してきまり悪かったりした時に、再び働きたいという気がして来ました。 映画もたくさん見て、人生経験をたくさんしました。 私の年にはしてみられないような経験もしましたし。人生の領域を広げたかったのです。それで2年の間、たくさんのことを得て感じ、今まで休みながら準備して苦労したものなどを映画でお見せしたいと、とても考えました。」
- 「熱血男児」のムンチグク役は、その時間の間の悩みの数々がたくさん溶け混ざっていました。 シナリオはいつ受け取りましたか?
「"連理枝"に入って行くずっと前に、脚色されていない1本を受け取りました。それでしなくて、どこかに行ってしまっていました。撮影の前にハンティングも監督様を追って行って来ました。でも、実は初めはジェムンの役にもっと惹かれました。ところが、まだ私は年輪もなく、実力がとても不足ですから(笑)。」
- どもるチグクの訛り演技が意外によく似合っていたが。
「7ヶ月位練習しました。初めはCDに全羅道の方が私の台詞を録音して下さったものをずっと聴き、はなはだしくは"連理枝" を撮影する時も聴いて行き来しました。それだけで台詞をすべて覚えるほどでした。その次に実戦に入って行き、直接学びましたが、完璧だとは言えないですね。熱心にしました。(笑)」
- 感情の爆発する場面で「お兄さんも人ではないですか? という訛りの台詞が自然でしたよ。
「私もどのように撮影したのか分かりません。あまりにも考える余裕がなく、出て行き次第に演じるからです。でも、本当に大変な感情場面なら、自分でも知らないうちにソウルの言葉が出ます。俳優も人ですから。 ところが、私にはちょっと珍しかったことが、撮影場でも訛りを使って行き来しました。 今も訛りのイントネーションが残っています。(笑)日常を訛りを使いながら暮したことが違った点だったようです。スタッフたちといたずらをする時も (全羅道訛りを直接駆使して) どこに行くのか、 ご飯食べた?と話すほどでした。」
- 末っ子組織暴力団役だから、殴り合う場面もかなり多いが、本当に殴られる時はどんな気がしましたか?
「ふぅ〜ギョングお兄さんに凄く殴られました。ジェムンが卑屈に殴る役割ならチグクは惨めに殴られる役割だからです。一度でOKが出たが、多くの角度から撮るため、すごく殴られました、 またその時が真冬だからすごく寒かったです。完全に切れる感じで、実際に殴られたら、卑屈だという感じがします。それでわざわざ歯を食いしばり、より強く殴られました。それでこそ感情が出るようだからです。」
- だからなのか、卑屈ながらもやけくそになった目つきに実感が出ますね。
「度胸があるようにしました。悪が自然に生まれて来て、あの時あまりにもカッとして本当に涙が出るんですよ。その時、監督様が私を捕まえて、‘お前が忘れていることがある。それを教えてやる’と言うと、私の肩を掴んで ‘ハンソン、本当にすまない’ と言いながら横っ面を一発殴るんです。‘ハンソン、お前は毒気を忘れている’ と。
殴られると、もっと悪が出て涙が出る状態で演技をしました。 後で監督様が本当に申し訳ないと思われて、私が笑って、何ですかと言いました。皆、2回目の場面がより良いからと言って、気持ちが良かったです。 風変りな経験をしました。殴られもして、 声も違ってしまって。(笑)」

- 尊敬する俳優としてソルギョングさんを上げていたが、直接演技してみた所感はどうでしたか? また、大先輩であるナムニさんと演技をしてみたことも良い経験だったようです。
「考えていたよりもっと多いことを学びました。人に対する、関係に対する部分を。演技より人間的な部分をもっと学びました。私が考えていたこの人は、もっと大きい人だということを更に感じました。 実はギョング兄さんのことは以前から知っていました。演技は初めてだけど、演技に没入すれば目つき自体が変わります。私は貧しく見えるのに、カメラに両面一杯になったように見えます。エネルギーがとても大きいようです。 ナムニ先生とは一場面出くわすだけです、 私とは。ただ、撮影場でお会いしたが、本当のお母さんと同じです。いつも饅頭と食べ物を包んで来てくれて。実質的なお母さんだったんですよ。本当のお母さんのような姿がくっ付いて出るんですよ。」
- 放送インタビューを見たが、二人ともどもって無茶な様子が、まるで映画の中のジェムンとチグクみたいだったんですよ。
「実際でもそうでした。先輩は楽にしなさいと言うが、未だに難しいから丁寧に先輩と呼んで。 一応、難しくなければならないからとても役に立ちました。私がこの人に持たなければならない感情自体が、一味違わなければならなかったからです。 チグクがジェムンとまったく同じような生を生きて行く人物ですよ。実生活もまったく同じです。私もギョングお兄さんのように力が強い俳優になりたくて追い掛けている中だからです。」
- 撮影期間始終、モテール部屋でスタッフたちと共に生活したと言っていたが、面白いエピソードもありましたか。
「撮影してギョングお兄さんと食堂にご飯を食べに行ったが、たまたま「オオカミの誘惑」をしていたんです。その時、ギョングお兄さんが"やあ、××、たくさん腐った。 お前もあのように活き活きとする時があったんだな。だが、 今の顔が良い"そう、おっしゃるんですよ。そういうことを聞いて、本当に嬉しかったです。 映画をしながらスクリーンに私の姿が出ることにも喜悦を感じるが、スタッフたちと監督様を知って行くということがもっと良かったです。」
- 次の作品が撮影を終えた「特別市の人々」です。バラック村に住む家族たちが主人公ですね。
「"熱血男児"で学んだことをたくさん使いました。スタッフたちに対することや、楽に演技することも。"熱血男児"は母親に対する話で"特別市の人々"は家族の話、父親に対する話だということになったようです。」
- そんな話に関心がたくさん行くようです。まだもっと格好良く出て来ても良いようですが。
「格好良くは出たくないです。格好良い役を他の素敵な俳優たちがたくさんするじゃありませんか。痛みある役をとてもしたいです。まだ私にはシワはないけれど、先輩たちを見れば顔に刻まれているでしょう?これまで生きて来た苦労、人生が顔に刻み込まれている俳優、クローズアップ一つなら、じっと立っていても一杯になったように見えるエネルギーがある俳優。まだまだです、よね。(笑)」
- サッカーを辞めてすぐ放送界に跳び込み、スポットライトを受けました。運が良い俳優という気がしますよ。
「いいえ。私は運が悪い俳優の一人だと思います。私と同じ年齢の中で、素敵で成功している俳優たちも多いのに、私はいつも2位である役目ばかりしました。 私も自分の未来はよく分からないが、変わってもっと成熟になりますよ。 もっと生きなければならなくて、30代にはまたその年に合う感じの俳優になったらと思います。私が死ぬことがあっても、俳優は続けるつもりですよ。(笑)」
- 相次いで人のニオイがする作品2編をしたが、これからそんな作品にずっと出演したら良いという気がしますね。広告の考えはせずに。(笑)」
「広告を考えれば、この作品もしませんでした。(笑)今も借り家に暮しているし、お金もないけれど、広告するという考えもありません。恥ずかしくない位の良い作品をしたいです。自分自身に再び問ってみた時も、良い作品を。」
- 本人が考える良い作品の基準がありますか?
「まだ私はシナリオも見誤るけれど、私が見て共感し、全ての人が感じることが出来る、台詞一つ一つが触れる映画が良いです。もちろん興行に成功しながらも作品性ある映画も多いけれども。全ての人が共感して感じることが出来れば良い作品のようです。」
- そうしようとすれば、良い監督様たちと多くの作品をしたらと思います。
「そうですね。私は自分の長所が何なのか分からないけれど、違うように行きたいです。 同じ年齢の俳優たちが人気が高ければ、私は人気がないかも知れないし、また、 その友達が好きな監督様にお会いすれば、私は私の基準で良い作品が出来るんじゃないでしょうか。違うように行きたいです。また不十分に包装された姿で見られたい。」
/ハソンテ記者
[oh my news]2006-11-08 04:11:39
http://www.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?at_code=371960
2006-11-15 21:03:48
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