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【映画「熱血男児」批評2】

[シネレビュー] 冷たいノワールに熱い母性愛を加える

■ 熱血男児


ノワールと母性愛が出会った。
映画「熱血男児」は映画「チング」以後、映画の主要素材に借用された組織暴力団の素材に誤認されてはいけない。映画はただ組織暴力団の残忍で冷たい血にだけ傍点を付けない。母親に対する、胸が詰るような愛を更に被せた。別の見方をすれば、国内観客たちが一番好むという組織暴力団コードと母性愛に対する感性の調和を狙っている。

「熱血男児」は復讐と母情という、さっとは交わり難いようなコードを一所に和えた。一人の男の復讐が母情という神聖不可侵の感性と重なる。

既存の組織暴力団映画と櫃を異にする書き入れ時だ。 組織暴力団という設定も人間が持った一番の生物としての本能と感情を触れる為の一つの装置に過ぎない。映画は初盤を過ぎて本音をそのまま現わす。

映画は初場面から血を呼ぶ復讐を引き出す。‘やられれば、するのがチンピラ’という映画の中の台詞のようにジェムン(ソルギョング)は友達ミンジェ(リュスンリョン)と共に組職の命令によって相手派の人物をとり除く。

しかし、意図せず他の人物を彼らの言葉通り‘始末’しながら、運命の糸が狂ってしまう。復讐は復讐を呼び、血は血を呼ぶ。誤った殺人は連鎖反応に繋がる。結局、その対価でミンジェがジェムンの見ている前で刀に当たる。再び復讐を決心するのは、組織暴力団世界の決まった理だ。ジェムンは復讐を夢見るが、会ってはならない人物と対面しながら混乱に陷る。 筏橋でクッパ店を開いている、仇を討つヤツの母ジョムシム(ナムニ)に会って、ジエムンは感情を整理出来なくなつて揺れる。

ジェムンは盲目的復讐に目がくらんでクッパ店を出入りする。ジェムンは自分でも知らず知らずのうちに、口ではなく胸でお昼のクッパが一口、二口と入って行くのを感じる。クッパの温もりはゆっくりとジェムンの心を溶かしだす。復讐の刃が鈍くなり始める。

子は親の血涙を食べて育つと言ったか。 微かだった母親に対する懐かしさ、そしてなんだか分からない物悲しさがジェムンの胸を掘り下げる。ジョムシムもジェムンから外地に発った息子の姿を見つける。疲労に象徴される復讐と犯接することが出来ない母性が会う地点だ。

復讐と母性の衝突は映画のあちこちで覗き見える。ジョムシムが買ってくれた田舍臭い花模様のシャツを着て、幼い子供のように笑ったように見えたジェムンが、シャツをまた投げ出す場面もその一つだ。この場面は表現がちょっと古臭く見える。

しかし、ジェムンが経験する心理的葛藤の断面をそのまま現わす。ジェムンは復讐に出るが、同行した新米組織員チグク(チョハンソン)まで人のする仕業ではないことを立てながら道を阻む。ジ%ムンはそれでも冷たい冬雨が降る夜、冷える復讐の刃を抱いてジョムシムのクッパ店を捜す。 映画は張り詰めた緊張感を緩めないまま頂点に向けて走り上げる。

映画は組織暴力団が母性によって教化されるというちょっと平面的メッセージで始まる。しかし、時間が経つほどにソルギョングとナムニという俳優を通じて、より立体的に拡張される。ソルギョングはいつも相手の後を攻撃する、さもしくて低劣した人物だ。母性を経験しながら変わる心理的葛藤を、時には慄然と、時にはいけずうずうしく演技し出す。

ナムニも説明が必要ない程だ。母親の率直な心情をスクリーンに溢れさせる彼女の演技力は断然引き立つ。 チョハンソンも映画「オオカミの誘惑」の花美男のイメージを一皮脱ぎ、演技に対する熱情を現わした。肩の力を精一杯抜いたチョハンソンの演技は、また違う可能性を伺うようにさせる。

映画はあふれない節制の畝を活かし出した。“憎む憎む憎む心なしに惜しみなく惜しみなく愛を与えてばかり”するシムイボンの歌「百万本のバラ」に暗示される。ビジュアルもなくて素敵なアングルもない。 胸が詰るような母親の愛で、映画は充分に美しい。
9日封切り。15歳観覧可。

キムソンハン記者 wing@sportshankook.co.kr

[スポーツ韓国]2006/11/02 07:38:13
http://sports.hankooki.com/lpage/cinet/200611/sp2006110207375258470.htm



「熱血男児」、空々しい組織暴力団のストーリーを家族映画で偽装

いつからか忠武路には‘組織暴力団コンプレックス’が生まれた。一時代を風味したいわゆる‘組織暴力団’ 映画たちが興行的な側面では成功をしたものの、大部分が組織暴力団を戯画化するとか美化した為、作品性面で大きい歓待を受けることは出来なかった。そんなわけで明らかに‘組織暴力団’が主人公として登場するにもかかわらず、最近の作品は自ら ‘組織暴力団映画’ではないことを宣言している。

9日封切りする「熱血男児」も組職暴力団が主人公だ。犯罪が登場して暴力が登場するが ‘組織暴力団映画’の道を敬遠している。 去る釜山映画祭ではイジョンボム監督が直接現れ、‘組織暴力団映画’ではないことを強調したりもした。代わりに「熱血男児」が打ち出す主題は暖かいヒューマニズムが一杯な ‘家族映画’ということ。

「熱血男児」は世の中に頼ることが出来るのは自分の身体一つしかないと考える冷酷で暴悪な ‘組織暴力団’が先輩の復讐に出る話だ。組織暴力団ジェムン(ソルギョング)は新米組織暴力団チグク(チョハンソン)と共に復讐の刀を磨き、筏橋に下ってテシク(ユンジェムン)を殺そうと思うが、テシクの母親ジョムシム(ナムニ)に死んだ母親の姿を見つけるという空々しい構図だ。 血も涙もあってはいけない復讐が、母性愛の前で揺れるという設定は、それだけでは全然新しくない。

ソルギョング、ナムニら俳優たちの演技は胸をジーンとさせるヒューマニズムを作り上げるのに十分に見えるかもしれないが、 ぴったりそこまでだ。 いっそ ‘組織暴力団’を全面に打ち出し、躍動的な画面で飾れば、むしろ商業的感受性がもっと刺激されたようだという考えさえする。9日封切り、15歳以上観覧可。

ハンジュノ記者tongil77@sportsworldi.com

[世界日報]2006.11.02 (木) 17:11
http://www.segye.com/Service5/ShellView.asp?TreeID=1510&PCode=0007&DataID=200611030940000065

2006-11-20 17:04:46

  
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